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東の灘のよりどころ~東灘助け合いネットワークについて~

東灘のまちの人々がこぞって集まるコミュニティースペース「東灘助け合いネットワーク」は阪神電鉄線「御影駅」を下車、クラッセを右手に通り過ぎて小さな商店街をくぐったその中にある。小学生から定年を過ぎた80代のおじいさんおばあさんまで幅広い層がここに集まる。

私が訪れたときには、ちょうど高齢者向けオカリナ教室が行われており、その音色が朝一の取材で緊張した心を和ませてくれた。午後には脳トレ麻雀と子ども向け英語教室が控えているという。今日はここの理事長を務めている村山さんと副理事長の下村さんにお話を伺った。

設立されたきっかけは、阪神淡路大震災だという。当時、震災ボランティアが社会現象となっていた。しかし2年も経つと、特に神戸は復旧が早かったため支援することが徐々に減っていき、ついには団体解散が議題に上がったが、東灘助け合いネットワークは存続の道を選んだ。

本当の復興とは何か? 壊れゆく地域コミュニティを目にして

この頃には物資供給などのハード面の支援需要がなくなってきつつあったが、震災による「地域コミュニティーの崩壊」という新たな問題に着目した。そこでソフト面の支援が必要であると考え「地域コミュニティーの再編」を新たな方針とし、再スタートした。このような歴史を持つ、東灘助け合いネットワークであるが、時代を経て形は変わるも「地域のために」という軸はぶれることなく、現代の理事長の代まで受け継がれてきた。

本当の支援とは何か。

東灘助け合いネットワークが出した答えは「東灘の人々で助け合えるネットワークをつくること」だった。そのためには、ここの利用者は「利用者であり担い手でもある」。このようなコンセプトにすることで、地域の助け合いネットワークが自助的に作り上げることができると考えたのだ。具体的には1度きりの多世代交流イベントを開催していくのではなく、日常的に高齢者と子供たちが交流できる「場づくり」として、商店街に6店分ほどのエリアを構えた。

1つの大家族のように。みんなの居場所にする秘訣

何回も足を運んでもらえるような場所にして、そして何度も足を運ぶ中で出会う人たちの輪をどんどん広げていき、いずれは1つの大家族のように皆の「居場所」になればと村山さんは言っていた。こうして現在ではここに通う人たちはもう数え切れないと言う。東灘の人々が非常のとき助け合えるかどうかはまだ誰にも分からないが、この場所を見て聞いて感じる限りは東灘ネットワークを築きつつあることは確かだ。

「これといった取り柄のなかった私でも、東灘の人たちの役に立つことができるということ、そしてありがとうと言ってもらえることで私にとっても居場所になっています。」

この下村さんのシンプルな言葉が、人としての本質のような気がして心に響いた。人とつながり、助け合う。双方向のつながりがこの団体の良さであり、強さであると感じた。

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